議員は公僕であると考えている。
何故なら彼等への報酬はその原資が税金だからだ。
しかし、地方議員ではなり手がいなくて、頼まれて議員になるという場合も少なくない。
そうなると、どこかにやってやっているという気持ちがでてくることもあるだろう。
議員にも生活がある。
議員報酬の問題も議員のあるべき形を考える上で切り離すことはできない。
もらった報酬に見合った働きが何なのか、それが欠如したときにモラル・ハザードとなると考える。
ある意味、宗教がもっともモラル・ハザードを起こしているのかもしれない。