2020年4月の読書

図書館が休館になったので、読んだ本も少なく、8冊。
今月の1冊は、麻生幾のアンダーカバー。
湊かなえの落日も捨てがたいが、ここはあえてこの本を勧める。
現実に起きた事件とうまく合わせて進む内容なので、有り得るなぁと思いながら読み進む。
自分が利用する図書館の休館は5月6日までの予定だが、未定だろう。
読書再開のメドはコロナの収束と共にある。かも知れない。

収束と終息

あえて、使い分けるべきこの言葉。
対義語で考えれば、その意味の違いはあきらかになる。
収束の対義語は発散。
終息の対義語は開始。
コロナの終息は何時になるなどと言っているが、終息などあり得ない。
完全にこの世界からコロナウイルスが消滅すれば終息と呼べるのかも知れないが、そんなことはあり得ないと考える。
なので、日常生活を取り戻すまでに収束するのがいつになるかが肝心なことなのだ。
世の中の凶悪犯罪は、普段は日常生活に支障がない程度には収束しているがけして凶悪犯罪が終息することは無い。
それがあるとすれば、人類がたったひとりになった時だろう。
今はまだ、拡散傾向すら終わる見込みが無い状況だ。
つまりは増加が止まるか、増加が増えたとしても、回復者がそれを上回る状況にさえできれば良いのだ。
自然収束するためには、人類の6割から7割の人が抗体をもたないといけないらしい。
もちろん、それは拡散を防ぐ手だてを全くやらない場合の話だと思うが、昔は友達の誰かが麻疹になったらうつしてもらいに行きなさいという、冗談ともつかない話があった。
大人になって罹患した場合に、危険度が高まる病気なので子供のうちに免疫をつけてしまえということ。
コロナウイルスにしても、完全な免疫ができるのなら、近所の誰かがかかったらうつしてもらいにいく、などと言うことがおきるようになるかも知れない。
4月22日の世界の感染者は250万人を超えている。
日本は1万1000人を超えた。
累計グラフを見てもまだまだ増加率が鈍くなったとは言えない。

抗体と感染

抗体を持つ人は、発症しないのか。
発症しても、軽症ですむだけなのか。
発症しなければ、人に感染させることは無いのか。
私の疑問が解決したところで何かが変わるわけではない。
今、感染していない人、感染リスクが極めて低い人と感染してしまっている人、感染リスクの極めて高い人ではそれぞれ最も関心のあることは違うだろう。
前者は経済的な問題の優先度が高いだろう。
後者は治療の問題の優先度が高いだろう。
今の感染者は全国民の15000人に一人程度だ。
この状況下ではどうしても経済的な問題の優先度が高くなる。
政治は数だからだ。
東京都に限って言えば、感染者は4000人に一人程度となる。
この数字が東京で10万人を超えたらどうなるだろう。
つまり、都内の感染者が1%に迫ったらどうなるかということだ。
その前に、とっくに医療崩壊は起きているし、いくら日本での重症化率が低くても、日々の死者数は通常時の何倍にもなるだろう。
ただし、その位の感染者数になるまでに至る日数で健康を取り戻す人も出てくる。
もしかすると、予防接種のようなものができているかも知れない。
抗体を持つ人が増えれば、感染数の増加は緩やかになり、減少に転ずるだろう。

マスク販売チェック

4/26にコストコオンラインでマスクが販売されたようだ。
家庭菜園の畝を作っていて、スマホのチェックができなかったのであとから気付いた。
販売されて約13分で売り切れたようだ。
売切れていなければ1分ごとにメールが届くようになっている。
13通のメールが届いていたので約13分で売り切れたことがわかる。
一度購入すると30日間買えない。
狙いは極上空間150枚入りの箱。
これが手に入れば暫くはマスクの心配が要らない。
メールが届くか疑心暗鬼だったので、これで安心。
後はすぐに気付いて購入できればOK。
一旦チェックプログラムは停止予定。
コロナが終息して、次の購入が不要になれば良いのだけれど。

マスク販売チェックプログラム

コストコでマスク販売されたら購入したいと嫁が言う。
でも、いつ販売されるのかもわからないし、ずっとサイトをチェックしているわけにもいかない。
やっぱり自動的にプログラムでチェックして、販売されたら通知してくれるようにしたいなぁと思っていた。
それほど手間をかけたくないので、サイトチェックはマスクの検索結果で判断。
普段は1件しか見つからないマスクなので、それが2件見つかったら、欲しいマスクが売り出されたかも知れないとすることにした。
結果は嫁と自分のスマホのアドレスにマスクが売り出されたかもというメールを投げることにした。
サラッと作って動作確認。
1件マスクが見つかったらメール送信するように条件変更して、60秒ごとにチェックさせるようにした。
ちゃんとメールが届いたので、判定条件のマスク商品数を2件以上にして、プログラム実行。
これで商品がある間は一分毎にメールが届くことになる。
しばらく動かしておけば、いつ頃販売されたとか、どの位の時間で売り切れるかとかが見えてくる。
とりあえず、まる一日動かして結果を確認しよう。

宝くじ販売まで自粛

2年ほど前まで、年に6回のジャンボ宝くじは毎回40枚ずつ購入していた。
いわゆる庶民の夢を買っていた。
そのくらい購入すれば理論上100枚に1枚当選する3000円はボチボチ当たる。
だが、それ以上の当選は年に1度あれば良いほうで、1万の当選があってもその回の収支は赤字。
つまり、1年を通して赤字。
年間トータルではけっこうな赤字になった。
ジャンボ宝くじの抽選までのワクワクはあるけど、富山県から1等は出ませんでしたとか、1等が販売されたのが自分が購入した販売店でなかった時にはガッカリしてしまう。
それでも、一攫千金の夢を追えるクジで1年通して楽しめるものはないかと考えてロト7を購入するようになった。
某テレビ番組では10万円の宝くじを購入していくらになるかという企画をやっている。
あの中でナンバーズの必勝法を使って高額当選的中とかやっている。
ナンバーズは毎日抽選。
そんな毎日買いに行けないし、毎回10万円も買えない。
ロトなら、抽選は週に1回。
キャリーオーバーしていれば最高10億とジャンボ宝くじよりも夢が大きい。
ひと口300円なので1年通して買ったとしても16000円でお釣りがくる。
毎週買いに行くのは面倒くさいが継続5回購入というのができる。
自分の希望にピッタリの宝くじだ。
しかも抽選は金曜日で、当たれば週末にムフフと喜んでいられる。
そんな理想の宝くじだが、とうとう全国的に売場販売が自粛となった。
オンライン購入も可能だが、特定の銀行口座が必要になる。
対象の地元銀行にはすでに口座は持っているが、生活口座と事業口座なので、そこで趣味の宝くじの運用はしたくない。
となると、楽天銀行とかが便利なのか。
まずは販売自粛の動向をみて決めよう。

マスクの販売

巷では相変わらずマスクの品不足が騒がれている。
悪評高いアベノマスクであっても、無いよりはマシという人もいるだろう。
手作りマスクも流行っているようだが、フィルターはどうしているのかな。
アイリスオーヤマのマスクが毎日13:00からサイトで販売される。
仕事の妻に頼まれて、週末その時間にアクセスしてみた。
503応答が多いが、何とか商品が表示されてカートに追加してみるところまでは行き着いた。
期間内に1度きりの購入で、7枚セットが2つの14枚でお値段は送料込みで1100円を少し超える。
我が家はお金が無いので、こんな高いマスクは買わないことにした。
さて、それではどこでマスクを手に入れるのが良いか。
ドラッグストアでも、コストコでも行列ができないように、販売時刻はランダムになった。
平日働いている人にとって、週末にこのために日がな1日お店で待機するわけにもいかない。
コストコのオンラインショップでは、時々大容量のマスクが販売されるらしい。
だが、それもいつ出品されるのかわからないし、どんな物が売り出されるかも不明だ。
富山県で全世帯にマスク購入券が配布される。
指定される販売箇所でマスクを100枚購入できる。
福井県ではすでに実施していて、販売価格は50枚入りの箱が2380円で2箱まで購入できる。
おそらく、富山県も同じ値段での販売となるだろう。
こういう時には、地方行政の右並び体質のおかげで予測がしやすい。

スーパーの棚

スーパーの棚から食料品が減っている。
今は納豆が肺炎に効果があるとかでコロナ肺炎の予防か何かで、売り切れているスーパーが多いようだ。
それ以外にもレトルト食品やラーメンの袋麺などの棚、冷凍食品も商品数量が減っている。
学校休校、自宅勤務で自宅で3食とることが一因だろう。
食事の準備もタイヘンだ。
仮に夫婦共働きで二人とも在宅勤務となった場合、昼食の準備はどうするのか。
交替で夫婦お互いが準備する家庭もあるだろうが、どちらかと言えば女性が準備して男性が後片付けするといったケースも多いのではないだろうか。
しかし、どちらが準備するにしても、本来の昼休みの時間内で食事の準備をして食べて、片付けるのはなかなか難しいだろう。
なのでどうしてもレトルト食品など、数分で用意できるものが必要になる。
家族4人で週日のお昼を食べるならそれだけで1週間で20食のレトルトが消費される。
スーパーからレトルト食品が無くなるのも無理からぬことだ。
トイレットペーパーが不足するのはデマだとテレビで言わなくなったが、それでもまだトイレットペーパーの棚に商品が並んでいない店もある。
自宅で仕事をして自宅でトイレをすればトイレットペーパーの消費も増える。
巣ごもり需要に対応する生産体制は取れるのだろうか。

車窓の風景

これを書いているのは4/21の朝。
あいの風の電車で呉羽駅に近い場所で見た車窓からの風景だ。
梨の花が咲いている。
真っ白の花が梨畑を埋め尽くすように咲いている。
世の中は悲観的な状況だが、植物の営みは今年も変わらずに行われるのだ。
果樹は人の手によって、最大の生産価値を生み出すように管理される。
咲き過ぎた花は摘み取られ、着果数のコントロールを行う。
さらに着果したものも、適切な数となるように摘果される。
雑草は刈り取られ、美味しいと言われる果実を作るのだ。
この畑を管理することがなくなれば、十年も経たずに梨畑は荒廃し小さな果実が目立つ巨木になる。
人間の叡智というのは、すごいと感じる。

鬼が笑うどころの話ではないのだ

日本だけでなく、世界的にも収束のメドが立っていないコロナウイルスだが、仮に10月頃に評判が悪いWHOによる終息宣言が出されたとして、来年の1月頃に流行することはないのだろうか?
季節性のインフルエンザのように気温なのか湿度なのか、条件は知らないが、流行期を迎えることはないのだろうか。
元々の感染源については、野生動物の食習慣があり、それが宿主となり、人間に感染したとあるが、本当にそうなのだろうか。
もしも、毎年決まった条件が成立したら感染者が出始めるのであれば、この悲劇に対しては治療薬か予防接種ができない限り、安心して過ごすことはできなくなる。
北半球は春から初夏に、南半球では秋から初冬へと季節が変わる。
北半球での収束も無く、南半球への感染拡大が増えるだけだとしたら、国家間の交流はさらに限定され、経済も停滞する。
モノを作っても売れず、食糧確保に汲々とすることも考えられる。
来年の話をすると鬼が笑うと言うが、笑い話ではすまされない事態だ。