収束と終息

あえて、使い分けるべきこの言葉。
対義語で考えれば、その意味の違いはあきらかになる。
収束の対義語は発散。
終息の対義語は開始。
コロナの終息は何時になるなどと言っているが、終息などあり得ない。
完全にこの世界からコロナウイルスが消滅すれば終息と呼べるのかも知れないが、そんなことはあり得ないと考える。
なので、日常生活を取り戻すまでに収束するのがいつになるかが肝心なことなのだ。
世の中の凶悪犯罪は、普段は日常生活に支障がない程度には収束しているがけして凶悪犯罪が終息することは無い。
それがあるとすれば、人類がたったひとりになった時だろう。
今はまだ、拡散傾向すら終わる見込みが無い状況だ。
つまりは増加が止まるか、増加が増えたとしても、回復者がそれを上回る状況にさえできれば良いのだ。
自然収束するためには、人類の6割から7割の人が抗体をもたないといけないらしい。
もちろん、それは拡散を防ぐ手だてを全くやらない場合の話だと思うが、昔は友達の誰かが麻疹になったらうつしてもらいに行きなさいという、冗談ともつかない話があった。
大人になって罹患した場合に、危険度が高まる病気なので子供のうちに免疫をつけてしまえということ。
コロナウイルスにしても、完全な免疫ができるのなら、近所の誰かがかかったらうつしてもらいにいく、などと言うことがおきるようになるかも知れない。
4月22日の世界の感染者は250万人を超えている。
日本は1万1000人を超えた。
累計グラフを見てもまだまだ増加率が鈍くなったとは言えない。