奴隷国民

日本人のほとんどは奴隷だと感じている。
そんなことはないよ、憲法で基本的人権が保証されているじゃないかと反論する人もいるだろう。
だが、今の日本では主食が実質配給制となったとしても、政府が全国民に安定的に必要な米を供給するために一律米を無償で提供すると言われたら、ありがたいことだと感謝こそすれ、恨み言を言う人は少いだろう。
高い金を払える人だけが、政府からの支給など気にせずに好きなだけ好きなものが食べられ、ガス抜きのために最低限の食料を与え、この自体の元凶をスケープゴートに押し付けたとしても、文句は言えない空気がある。
もしも、食料を求めてデモを起こせば騒乱罪で逮捕することなど簡単なことだし、NHKあたりが必要な食料は提供されますので、慌てず落ち着いた行動をとってくださいなどと放送したら、文句を言えば逮捕されるが、言うことさえ聞いていれば死なない程度に食べ物は貰えるとほとんどの国民はその口を噤んでしまうことは容易に予想がつく。
これが奴隷と呼ばずに何と呼べばいいのだろう。
人身売買の対象でないだけで、実際の主権を持つことすら困難な状況を世界の人は柵の中に囲まれて、見せかけの自由を持っていると信じさせられている奴隷と呼ぶに違いない。
北朝鮮では飢えの為に木の根っこを齧る国民がいるとされている。
だが、国民の大多数がそうなのかは日本人は知る由もない。
どう考えても、大多数の北朝鮮人民は木の根っこなど齧って飢えを凌ぐようなことはしていないだろう。
愚かな王の下でないとしても、狡猾な官吏の下で良い感じに飼い殺しとなっていないのだと、言い切れるだろうか。