あてにならないもの

職務経歴書を提出することが多いが、技術進歩の早いこの仕事を30年以上やっていると、30年前の経歴になんの意味があるのだろうかと思う。
5年前に半年程度やったことも経歴としては役に立つかどうか怪しい。
いまだに、新しい言語を触ったり、新しい技術を使う必要がある。
今までの経験則があるから、ズブの素人よりは理解が早いとは自負しているが、それでもこの道5年とか言う人には当然敵わない。
経験則では埋められない経験値が違うのだから仕方が無い。
とある経験が10年以上という人がいる。
職歴は30年以上あるのでその内のいつ頃の10年の話かと言うことも重要だが、それでも流石に10年の実績は大きい。
その経験は私にとってはここ4年ほどのものだが、それなりに使えるようになってきた。
その経験があれば、この分野はある程度は知識があるだろうというものがある。
それがわからないとなると、10年の実績はそのまま鵜呑みにできなくなる。
それを昔買った本で勉強しますと言うのだが、それが学習方法として適切なのかどうか判断がつかない。
給料を貰って基礎知識をつけるわけだから、当然長くこのチームで仕事をしないといけないと思うが、この国はプロパーに甘い。
足りない技術は金を払って買えば良いなどと、スティーブジョブズ的な発想でいるのだろうか。
スティーブジョブズにはコア・コンピタンスがあって、不足している部分だけをうまく外部調達しているのであって、丸投げしている訳ではなかった。
そのあたりを勘違いしたビジネスモデルがまかり通っている気がする。
もっとも、優秀な人材が多い企業だらけになると、私などすぐにお払い箱になる。
そのことが実感できていたら、サラリーマンを辞めることは無かっただろうが。