民主党に政権与党の座を奪われた時でも富山県の選挙区では自民党議員がその座を追われなかったところがあった。
世の中の流れは完全に民主党に政権を取らせるようになっていて、自民党議員は議席を失う覚悟で選挙戦に臨んだ人も多かったはずだ。
高岡市を中心とする選挙区では、元地元テレビ局のアナウンサーが民主党候補として立候補した。
その時の話である。
地元の連合自治会主催の夏祭りでは、国会議員、県会議員はお大尽席に招待される。
有権者も数多く祭りには参加するので、議員にとっては絶好のアピールチャンスだ。
世間の流れは完全に民主党とはいえ、小選挙区候補としては少しでもアピールしたい。
当然、そのアナウンサー候補者もまつりの会場に現れた。
だが、その候補者をサポートする地元の人間が誰ひとりとしていない。
仕方なくその候補者は、それこそ本当にコソコソと運営スタッフなどのそばに来て、自分の事を知っているかなどと話しかけるが、付かず離れず地元市議が後ろでその様子を監視している。
まさに、戦時の監視さながらにそんな奴と親しげに話したらどうなるかわかっているのか?とでも言いたげに地元自治会役員である祭りのスタッフを見ているのだ。
元々この連合自治会では、各自治会の代表が自治会員全員の総意であると考えていて、選挙になると否応なしに自治会長を集めて、連合自治会では自民党推薦の誰それを支援するから、選挙スタッフや演説会への動員を半ば強制的に強要する。
連合自治会としては、こうしたいのだけれど、各自治会はどうするのか決めてきて欲しいなどとはけして言わなかった。
あぁ戦時中の自治会である隣組とはこんな感じだったのだろうと思わせる。
少なくとも、戦後の高度成長期を知る人間が幅を利かせる間は過去の成功体験に縛られた人が地元の権力者であり、彼らをバックに従えた自民党は絶対王者なのだ。
そんな都市の十年後にどんな明るい未来を期待すればいいというのだ。