検事総長の定年延長

国会審議の提出を見送ることになった。
正直なところ、公明党さえ裏切らなけければ野党が騒ごうが可決することができるのに、やらなかった。
司法の人事権の一部は行政である内閣が元々有する。
今回の検事総長の定年延長は司法人事権の一部であり、法制化する必要がある。
やらねばいけないことならば、強行裁決しても通すべきなのが法案。
世論に流されて引っ込めるくらいの法案なのか。
自分たちの天敵に首輪をつけようとしたら、目論見がバレて首輪を引っ込めた。
モラルを無くしていなかったと言えば良いのだろうか。
つまらない政治家たちだ。
世論が勝ったと言えなくもないが、決を採らせて、どれだけの議員が自分の保身のために天敵に首輪をつけようとしたのか。
もっとも、政党の政策に異を唱えることは公認候補として当選した議員にはできないけど。
それでも国民の過半数が次の選挙でも自民党を選択する。
議員数に比例して、全国会議員から組閣するのが良いと思うんだけど。

収束を使うようになってきた

新聞を読んでいて、最近ようやくコロナウイルスの収束と言うようになってきた。
拡がりを見せだしたころは、終息と書かれることが多くて、アホじゃないかと感じたが、考えてみれば発音は同じなわけだから、文字に起こした人が、発言者の意図する収束を勝手に終息としたのかもしれない。
発言する側にも少なくない責任はある。意味が似ていて発音が同じ言葉を選ぶことが良くない。
収束を言いたいなら、下火になるとかそんな言い方をすれば良いのだ。
などと考えていると、自分がひどく偏屈な人間だと思える。
多少の誤解があろうが、たどり着くべき結果が同じならそれで良いじゃないか。

夏野菜を全部植えた

プチトマトとカボチャの自家苗を定植した。
これで今年の夏野菜は全て植え揃ったことになる。
正直なところ、プチトマトは徒長してしまっているので不安なところもあるが、何とかなるだろう。
ナスの成長が揃わない。
植えた位置で若干の日当たりの違いがあるので、まあ仕方がない。
イチジクの夏果は萎れて落ちてしまっていたが、原因がわからない。
今年はそれなりの収穫を期待しているのだが前途多難。
キウイフルーツのレインボーレッドは1年目で平棚までなんとか成長させたいところなのだが、

能力評価主義

コロナの感染防止目的で広まったテレワークは定着するのだろうか。
日本の企業の人事評価では、成果だけではなく、過程を重視する文化がある。
テレワークでは過程が見えにくくなるので、成果での人事評価しかできなくなる可能性が高い。
個人的には成果による評価に賛成している。
成果が上がらない人には理由がある。
それを当人が気付いていなければ、成果は上がらない。
一方で、クリエイティブな職業では成果主義での評価だけでは正しくその人の仕事を評価できないという思いもある。
仕事では、種をまける人、種を育てられる人、成果を収穫できる人、成果に問題があった時にそれを解決できる人が必要だ。
これらがバランス良く実行可能なチームが良いチームだと言える。
仕事をマニュアル化して、誰がやっても同じ結果が得られるようにしようとすることは、どこでもやられている取り組みだと思う。
マニュアル通りに仕事を進めてみて、既存のマニュアルの誤りや、問題点を声高に指摘する人はどこの組織でも必ずいるものだ。
指摘は結構。
だが、指摘は立派だが、マニュアルを改善して良いものにする能力が低いとか、そんな能力が皆無だという指摘者も多い。
期限を守って仕事ができない人もいる。
期限を切らずに仕事をする輩もいる。
期限を口にはするものの、他の仕事を言い訳にして遅延することに無頓着な人もいる。
テレワークでは、そんな仕事の進め方では低評価になるはずだ。
テレワークでは、通勤時間が無くなるので個人の時間を大きく増やすことができるというメリットがある。
通勤不要となれば、大都市での雇用条件と地方での雇用条件の差が低くなっていくことも予測される。
企業は社屋の固定費や、従業員に対する通勤費、住宅手当の削減など削ることのできる費用は多くなる。
都会で賃貸に住む人より、田舎で実家暮らしの人の方が手当を低く抑えることもできるので、就職に有利になる時代がくるかもしれない。
管理職の数も極端に減らすことができるので、年功序列の給与体制を見直すことも可能になる。
企業は優秀な人材を継続的に使い続けることに注力するようになる。
そもそも、マネージャーの仕事とは部下を管理するだけではなく、部下の能力を引き出して利益を産み出すことが重要だというのが持論で、能力評価が目標設定と達成度なんてことをやっている管理職が高給なかつての形態の企業は生き残れないかも。

水耕栽培

トマトとカボチャの苗を種から育てている。
トマトは液肥が過多ぎみで、葉っぱの様子があまり良くないが、自宅屋内での育苗としては成功だろうと思っている。
葉物野菜ならば、水耕栽培可能なので苗を育てている場所でチャレンジしようと思っているのだ。
水菜とリーフレタス、ビタミン菜あたりが候補。
夏の実もの野菜は例年通り育てているので屋外では虫に食べられてしまいがちな葉物野菜を屋内で育ててやろうという計画。
これもステイホームの影響ですね。

緊急事態宣言解除

一部の都道府県を除き、5月末までの緊急事態宣言が5/14解除された。
段階的に行動の制約が外されていく。
地元の県立高校では5/18から部分的に登校が再開する。
公共交通機関を利用する学生もいるので、45分始業時間を送らせて感染リスクを下げるらしい。
その他にも、飲食店、遊興施設、ショッピングセンターなどの営業も休業自粛が段階的に解除される。
一方で、県をまたぐ移動自粛、外出時のマスク着用、テレワークなど継続される制限もある。
完全な日常を取り戻すのには、まだ数年は必要だと言われている。
STAY HOMEにWITH CORONA、横文字好きのキャッチーなコピーが得意なオバサン知事が嬉々としながらテレビでしゃべる。

家賃問題

休業要請で経営が成立たなくなる理由として、店舗の家賃が払えないというのがある。
例えば、家を購入してローンを組む場合には年収の20%を超える返済が必要な計画を立てることはできない。
2ヶ月で経営破綻するようなお店というのは、大いに問題がある気がする。
税前利益の20%を超える家賃負担のお店が2ヶ月もたずに潰れるのではないかと思うのだ。
無理をして高い家賃を払っても出店したいというのであれば、リスクは当然有り得る。
高い家賃を払っても、商売がうまく行けば問題ないので営業して下さいというのは、かつてのサブプライムローンと似た構造のような気がしてならない。
家賃収入を得ている側にも少なくない問題がある。
また、そのような構造を産み出す元凶である人口規模の格差が大いに問題である。
一定の人口密度がないと、人口の自然増はプラスにならない。
東京での人口増加における自然増と社会増はどうなのかを見てみると、自然増減ではマイナス、転入による社会増が東京都の人口増加を支えているのだ。
首都を成長モデルとして維持すべきだと考えるなら、地方で出生した人間は東京都にドンドン転入すべきで、地方都市が自然増減だけを見ればプラスになるように、東京都をはじめとする転入による人口増加となっている都府県が支援しなければいけない。
それが無理なら、住む場所の自由は認めるべきだが、どこで生活しようとも、出生地に対して生活地から一定額の支払いを行わなければいけなくて、しかもそれが移動している人の負担であるといった仕組みが必要だ。
人が集中しても、そこに税収が入らないようにすれば良いのだけれどね。

宝くじ販売の自粛

宝くじの販売が自粛されている。
オフィシャルサイトを見に行っても、いつも購入している売場での販売がどうなっているのか解りにくい。
みずほ銀行の宝くじ売場では、とかあきらかに銀行の売場は偉くて他の協力事業者はオマケ的な差別扱いでの情報開示。
以前も書いたと思うが、宝くじは公共ギャンブルなのだ。
しかも、胴元がアホみたいに鞘取りするギャンブル。
どうせなら、毎分抽選みたいなクジにして、シンプルに3択の抽選を10回予想させて、正解回数で金額を確定させるとかのクジとか出した方が、ギャンブル依存症の人達から沢山お金を巻き上げられるのにね。
さて、宝くじの販売再開ですが、やはりオフィシャルサイトから売場の稼働状況がリアルタイルで分かる方がいい。
コンビニを除外すれば、対面販売窓口の数は平成22年の総務省発表で19000ほど。
たかだかそのくらいの数なのだから、売場の稼働状況くらい楽勝で管理できない方がおかしい。
以前も書いたかもしれないが、宝くじの胴元の取り分は40%で、配当金は45.7%しかない。
そして、気になるのは、その他経費として1.6%が使われているところ。
多分これが総務省の天下り役人に支払われるお金だ。
コロナウイルスの影響かどうかわからないが、次回のジャンボ宝くじでは一等本数を大幅に増やすようだ。
せめて、この収益金が休業支援のためになるとかなら良いなと思うし、配当金の比率を大きくして、売上が落ち込んでいる宝くじ販売にテコ入れするとかにはならないものか。
公務員と政治家以外の基本的人権は保証しませんってのが日本の根底に流れているのかね。

国力の低下

国力を何で測るのか?
難しい話だが、最終的には人口なのではないかと考える。
ただし、人口と言っても労働人口だ。
経済力が国力だと考える場合もあるだろう。
どれだけ労働人口が大勢いても働くべき産業がなければ、豊かな国とは言えない。
現在、コロナウイルスでの死亡者は高齢者である確率が高い。
計算高いシンクタンクならこれは、どう考える。
青天井となる可能性のある社会保障費用を安全なレベルにまで減らすには、国民の何割がコロナウイルスに感染すれば良いのかくらいは考えてもおかしくない。
労働人口とならない人口が減ることは、国家経営を考えれば天啓なのだろう。
毒を食らって、生き残れる者だけで新国家を作ろうとでもしているのだろうか。
国力の低下を何で測るのか。

図書館の休館延長

高岡市の図書館は2020年の5/31まで休館延長となった。
ただし、予約本の貸出しは5/18から行うことになっている。
受け取り方法が不明だが、予約している本は2冊貸出可能になっているので、その本は借りられる。
ウイルスの死滅までだか不活性化までたかの時間が紙の表面では24時間。
金属、プラスチックなどの表面では2-3日らしい。
ただし、金属でも銅の表面では4時間でコロナウイルスは不活性化する。
効果の程は不明だが、小銭入れには10円玉を入れておくようにしている。
図書館で貸出される書籍の場合、予約貸出に限定すれば、返却から24時間経過してから次の予約者に貸し出すようにすればコロナウイルスの感染リスクはなくなるということだ。
ただし、本を扱う司書の方々の手を介した場合、感染リスクはなくならない。
手袋なりにウイルスが付着すれば、それで触れた本にはウイルスが付着してしまう。
貸し出す際に紫外線殺菌するなどすればリスク回避は可能になる。
なぜ携帯可能な紫外線殺菌装置が流行らないのか、理由がわからない。