国民総中流はいつまで

太平洋戦争での敗戦後に、日本国民は総中流になるのだと言われ、実際にそれに近い状態となった。
勿論、上流階級も存在するし反感を買うかも知れないが下流階級も存在する。
だが、全体の中で圧倒的多数の中流と位置づけられる人数が多すぎる状態が数十年続いたので、国民は未だに自分は総中流の一員だと考えているふしがある。
総中流が崩れたのは、バブルの崩壊に端を発する。
その後、企業のみを救済するために非正規雇用を増やした小泉政権。
何だか就職氷河期とよばれる不景気のせいで非正規雇用が増加したような勘違いをしていないか。
あの当時に、会社に縛られない生き方などと煽らなければ、非正規雇用の人数は今ほど増えてはいなかったはずだ。
それは、政権にすべての責任があるわけではなく、何のためにいるのか存在意義が近頃あやしくなっているテレビを筆頭とするマスコミの責がかなり大きい。
だが、それよりも最大の悪は何も考えずにホイホイと行動した国民に他ならない。
おそらく、当時は何の根拠もなく、不景気は一時的なもので景気が良くなれば、非正規雇用から正規雇用へとシフトできると政治家たちは考えていたのだろう。
結局彼らが年金を受給する年齢が近づくにつれ、氷河期世代の救済というとてつもない重荷が国民全員にのしかかる。
そうなると、中流だとうそぶいたところで中流国民では食うのがやっとで病気になっても医者にもかかれないし、死んでも自分の後始末もできないという、発展途上国なみの社会が待ち受ける。
そんな国家に待ち受けるのは、犯罪の劇的増加と政治の腐敗だ。
国民は奴隷のような扱いでも構わないと外国に仕事を求めるが、自治組織を見てもわかるようにコミュニティ形成能力が低下した日本人は外国で協力することも集団自衛することもなく、ただ搾取されるだけの対象となる。
子を産み奴隷として売り渡すのが一番の自衛だとなると、国民として存在しない無戸籍の子どもたちが国内国外にあふれる。
日本のシステムの中で勉強することなど意味をなさないのだから、子どもにお金はかけずに、教育は低下。
もしかすると臓器提供のビジネスや、違法国外就労をするのが最も多いのが日本人だとなる。
国内企業も就労者が減少するので、利益を出すために低賃金長時間労働を強いる。
違法だとかそんなことは、政治の都合だけのルールに過ぎないし、警察が国家警察としての色を濃くするしかなくなるので、市井での犯罪など取り締まるのは形だけになる。
まさに世紀末だ。