日経平均が51000円を超えた。
アベノミクスの時にも、株価は上昇した。
あの時は何となく生活が向上したような気になった。というか気にさせられた。
だが、株価が上昇して生活が良くなったのは株価が上がって儲けた人達だけで、そんなことに縁のない人達は生活が良くなった実感など持てなかった。
それでも、安倍政権にNOを突きつけなかったのはそのことで、生活が苦しくなることはなかったからで、企業が儲かればいつかはその恩恵が従業員に還元されるだろうとささやかな希望を持っていたからだ。
実効果のない3本の矢を褒めそやすことで経済学者は仕事を得、利益を得ることができなかったのは資産運用に株投資を組み込まなかったからだと国民に思わせた。
だが、考えてみてほしい。
株価が上がるのは、企業業績に完全にリンクするわけではない。
業績が上がっても、配当が増えるわけでもない企業の株の値段変動で儲けたからと言ったことがマクロで見れば何になると言うのだろう。
高市トレードで株価が上がり、利益が確定するのは、デイトレーダーくらいで、長期にわたる投資が本来の株式の利点であるのに、そんなことをしているとバカを見るのが株式投資の大部分の世界だ。
トランプ大統領と安倍晋三のコネだけで、うまくやろうなんて思わない方が良い。
丸亀製麺給与大幅アップ
かれこれひと月ほどは経つだろうか。
丸亀製麺の店長クラスの給与を年収2000万円に引き上げるとのニュースが流れた。
これには条件があって、全ての店長の年収が2000万になるわけではない。
全店舗で5名とか6名とかのごく限られた店長が対象とのこと。
それでも年収が2000万になる可能性があるなら景気の良い話なのだが、今までと同じ仕事をしていきなり年収が2000万になるわけがない。
エリアマネージャー的な存在になり、店長業務もやらなければいけないようだ。
だとすれば、日本全国をエリア分割した数と一致しそうなので納得できる。
これが発表された時には、飲食業の待遇が悪く、定着率が低いことを上げていたのに、国内店舗数861店舗の店長の中から、たかだか6名の給与が高くなったからと言って、待遇が良くなったと社内で浸透するのか。
数年前に新入社員でも優秀なら年収1000万円もあるという企業がいくつかあった。
今でもその制度は運用されていて企業としてプラスの効果があったのだろうか。
人が足りないから給与を上げる動きは起きて当然だが、世界比較で給与水準をとらえるのか、国内比較で給与水準をとらえるのか、それすら曖昧な感じもする。
まあ、海外の最先端テクノロジーを持つ企業が日本の大学出身者に日本円換算で1000万を提示するとは考えにくい。
日本の企業にしたって、制度があるとしておいて該当者なしと言い切ることもできるのだから、少しだけ確率の高い宝くじの3等程度のものなのかも知れない。
米政策
高市政権で新たな農水大臣には農業系閣僚出身者が登用された。
小泉氏の時の増産体制から一転、減産に舵を切った。
米価が高騰したのは、コメ不足が原因ではないのだから、価格は市場原理に従うべきだという判断に基づいた方針転換である。
市場原理による価格高騰と言うのは消費量が増えたことにより高騰したと言うならわかる。
だが、市場価格を決定したのは卸売業者と提供者の間の取引価格に基づいているから。
転売ヤーと蔑んだ呼び方がされている。
彼らは不当に何かを仕入れて利益を乗せて販売しているわけではない。
ではなぜ彼らは目の敵のようにされるのか。
理由は明確。
彼らが得た利益に対して税金を払っていないから。
それだけに過ぎない。
彼らがキチンと税金さえ払えば転売ヤーが叩かれることはない。
結局政府は税金が増える方向なら、米の価格が高騰しようが構わない。
米の価格が上がるなら、消費量を減らすしか国民には対抗手段がない。
政府はさらなる減反政策をとる。
表向きには減反政策を取れないので、今までと同じようにコメの生産量を減らす。
農家は生産量が減ったとしても、生活がかかっているので、米価を上げてくれというが、誰も買わない米の市場価格が下がるのは市場原理にかなっているので政府は何もしない。
海外への輸出を進めましょうとなるのだろうが、食料自給率が低い中で主食を国内消費せずに輸出する。
それが、世界的な市場原理に従うなら何の問題も無い。
例え国民が飢えたとしても、だ。
高岡市議会議員選挙が終わった
出町市長を支援する出町派と言われる議員数が25名中8名を占める結果となった。
自民系議員で作られる2つの会派はこの結果を受けて統合する可能性が高いのではないだろうか。
市長選挙で落選した元市議は市議への出直し当選を成した。
トップ当選は県議に活躍の場を移した嶋川氏の奥さんで高岡市に移住してきた方。
嶋川氏の初市議の時のような圧倒的な得票とはならなかったが、ある程度予想通りの結果。
2位当選は市長選挙で出町氏支持で自民党県連からは規律を乱す人物と見られているであろう熊木氏。
3位当選はバリバリの前市長派と見られる現職市議。
政策に対して選挙公約に具体性は無い印象だが、所謂地元のために汗をかくタイプの市議なので、安定した地元支援で票を伸ばした結果だろう。
前市長の初当選の時に、前市長支持を明確にし、地盤が同じとなる県議とは疎遠になった印象がある。
能登地震の被害が大きかった伏木地区では現職議員が強かった。
前市長を地元の説明会に引っ張り出すことをしなかった議員なので、窓口は俺だ的な地元の顔役として伏木地区の人に認識されているのだろうか。
伏木地区で地元新人が2名ほど立候補していたら、結果は変わっていたかもしれないが、地域性がそれを許さないのだろうなと想像できてしまう。
選挙は支援してくれる人がいないと、どうにもできない。
ポスター貼りなどが最たるもので、市内全域の掲示板全てにポスターを貼ることはボランティアという名のもとの地元自治会からの半強制人足提供で成り立っていると言っても過言ではない。
旧態然とした選挙制度が私が生きている間に変わることはあるのだろうか。
そして最も肝心な投票率はかろうじて50%を超える数値。
異様に高い投票率はそれはそれで恐ろしいのだが、近年最低となったことは、更に人口が減少した時の高岡市民に大きな負の遺産を背負わせる可能性が高いことを忘れている。
2025年の子持ち鮎
年に2度の鮎料理の食事。
今回は子持ち鮎を食べに鮎の里へ行ってきた。
甘露煮は外せないので、甘露煮のついたものにご飯セット。
2年くらいで価格も随分と高くなった。
税抜きで1人4000円。
ランチにしたらそこそこお高い。
今回は雨模様の中で来店したが、すごく混んでいた。
予約していけば良かったかなと思いつつ、待つこと40分で席に案内された。
子持ち鮎は卵でお腹がパンパン。
来月には近くの鮎料理店でもう少しお金を払えば鮎が食べ放題のコースが提供される。
一度行ったが、子持ち鮎が提供されるのはいいとこ、10匹に1つといったところか。
子持ち鮎をたくさん食べたい人にはお勧めできない。
次回の鮎は来春。
物価が上がっているし、また値段が高くなっているかもしれないな。
物価に合わせて収入も増えれば問題ないが、年齢も年齢だし結局は支出を抑えるしかなくなる。
高市政権でサナエノミクスなどと言っているが、アベノミクスは実体の伴わないまやかしの言葉だけの政策に踊らされ、救われたのは一部の企業だけで国民の大半は何だか日経平均が高くなったとかゼロ金利で借金しても金利負担が低くなったとか恩恵を受けることはできなかった。
収入は全く増えず、インバウンドによる新たな産業の創出とか言っていたが、挙句の果てには日本国民が世界的に貧しい国民になっていることをもうじき皆が思い知らされるようなことにならなければ良いが。
釣れる魚を釣るのが一番
2025年はサヨリ釣りに4度も行った。
1度目はボーズだったが2度目以降は爆釣と言える釣果が出ている。
今年のサヨリ釣りて気づいたことがある。
今までの自分のサヨリ釣り仕掛けでは、ハリスが0.6号で30から40センチほど取っていた。
これだと、針が取られたり折れたりした時に、ハリスごと交換していた。
ハリ交換しやすいように自動ハリス止めを付けておいて、あらかじめハリス付きの針を準備したものと交換していた。
釣りの仕掛けではハリスが1ヒロとか長くしたものがある。
これだと針交換の時に随分ハリスが無駄になると思っていたが、これは大きな勘違い。
フグにハリスを切られたり針先がなまって来た時の針交換は長いハリスはそのまま使う。
少しずつハリスの長さは短くなるが、大した問題ではない。
5-6本、針交換したとしてハリスごとの交換だと2メートル以上ハリスを消費する。
あらかじめ90センチほどハリスを取っておけば、5-6回針交換したとしても最初ののハリスはそのまま使える。
ハリスを長くした分、絡みにくくするために、ハリスの太さは0.8号のグランマックスFX。
お値段高めのハリスだが強度かあり、切れにくいので、多少の強い魚にも対応できるので、得だと言えよう。
サヨリは釣れるとすごい数になる。
サヨリ釣りシーズンはアオリイカシーズンでもある。
漁港はアオリイカ狙いの釣り人が大勢入っている。
しかし、釣れているのをほとんど見たことがない。
サヨリ釣りで入れ食いになっていると、何を釣っているのかと声をかけられることもある。
今釣れる魚を釣るのが楽しいと思うのだが、そうでない釣り人が多い。
民草は刈り取り対象です
新聞で高岡市議会議員選挙で激戦となっている地域では立候補者が地元票の奪い合いとなっており、外へ草刈りに行かねばならないと言っているようだ。
なるほど、その候補者は有権者を草だと思っているようだ。
そんなつもりは無いと言うのだろうが、それならば言い方には気を使うべきで、地元以外での選挙活動を進めるとかだろう。
発言者が当選するなら、やはり市議会の議員レベルは高くないと言わざるを得ない。
結局誰がそんな発言をしたのかもわからない。
政策提案力も政策判断力も疑問符がつく議会なのだから、せめて人となりを候補者の選出基準にするしかないのだが、そんな情報は既存のメディアからは伝わらない。
重要課題は報道番組を見ていれば誰にでも言えるような内容でほぼ右倣えだ。
対策案については、具体的に何をするのか全く見えてこない抽象的な話だ。
これでは、若者の有権者が候補者を選ぶことなど無理な話で、若者に三行半を突きつけられてしまうのも仕方ない。
まずは議員への陳情制度を無くせば、地元からの議員選出などではなく、適任者を選べるようになると思うのだけれど、それは議員の集票武器を奪うことになるので、絶対にありえないか。
議員の皆さん、心配しないでください。
民草の若い芽はどんどん地元を出ていき、古い民草はどんどん枯れて行きますから。
あなた方が刈り取らねばと思う草は無くなります。
求めるものは唯一無二か
皆が同じな世の中は気持ち悪い。
かと言って唯一無二だけを追い求めるほど人は強くもない。
人はここだけは譲れないというものがあったりする。
まぁそこまで頑固でなくても、譲りたくないなぁ程度の気持ちはあるだろう。
しかし、唯一無二を求めるあまりに悪目立ちするのも嫌だろう。
そんなことを思うのは日本人だからだと言う人もいるかも知れない。
例えば快適な環境を得ることができる住宅が皆に等しく提供されるとすれば、全員が等しく幸福感を得ることができるか。
服や食事、車などもそうだ。
快適ならば没個性で一向に構わないと言う人はどの程度いるのだろうか。
多少不便でも自分だけの何かが欲しいと思う人の方が割合的にも多いような気もする。
寿命が皆等しく、生まれてからどれだけ時間が経てば必ず死ぬ。
逆に言えば、その時が来るまでは病気も怪我も怖がることがないとなったら、あなたはどう思うだろう。
いつ死ぬのか分かっていれば、やりたい事を計画的にできるし、死ぬ瞬間が怖くなくなるだろうか。
年も年だし、自分はここが人より劣るということを素直に認めることができるようになったとも思う。
頑張ったってどうにもできないこと、その人にとっての壁はある。
壁の向こうにしか欲しい唯一無二が無いとするとかなり不幸だな。
善光寺参り
学生時代に行ったことがあるのだが、全く記憶にない。
今回、旅行の立ち寄り先として善光寺にお参りした。
前日に仲見世通りの防犯カメラに熊が映っていたとのニュースが流れていたが、日中の人ごみの多さがあれば、大丈夫だろうと予定通りに参拝に行った。
よくある撫ぜたところの身体が良くなるというやつや、お線香を購入して香炉に納めるやつとか、行列ができている。
寺社でのお参り作法は一礼してから感謝を述べ、一礼だそうだ。
ちなみに、寺社は仏さまが祀られているので、願い事を叶えてもらうわけではない。
謝意を伝えるのが作法らしい。
年齢を重ねても神社と寺社での作法の違いを知らなかったのは我ながら情けない限りだ。
高岡市議会議員選挙が始まった
高岡市長が現職から市議会議員からの立候補となった出町氏に変わり、新市長の政策に異議を唱える市議も多い中での市議会議員選挙。
議会での表立っての異議は唱えずに、チクリとマスコミに対してのみあり得ない政策だとか言う議員が存在するが、それが誰だかはハッキリしない。
前市長である角田氏のシンパがそう言っている可能性が高く、そうなると角田氏が自民党推薦を得られずに立ち市長に当選した選挙で七人の侍と呼ばれた議員が最も怪しいのだが、何故か誰なのか実名報道しないマスコミも信頼には値しない。
市民は出町市政に期待を寄せている。
是々非々で市長提出の議案に臨むのかは正直市民には分からない。
二十年以上市議を務めている議員は、新幹線誘致に伴う市の財政破綻になりかねなかった数々の政策に対する責務を負ったとは全く思えない。
彼らに問うても、何の利益供与も受けていないというだろうし、事実そうなのかも知れない。
だが、政策が悪手なのか好手なのか判断がつかない中で党の政策だと言うだけで賛成反対を決める議員も議員だし、政策のシナリオを書いた市の職員も職員だ。
どこの地方都市もよく似た状況なのだろうけど。