随分昔にも書いた気がするが、また金の価格が高騰しているので、少し書きたい。
そもそも、何故金の価格が高くなっているのか。
それは金の特性による。
腐食しないため不変性が高いことと、産出量が少ないことが大きな理由だ。
極端な事を言えば、海水には微量ながら金が溶けているので、それが効率よく抽出できるようになれば、一気に金の価値は暴落する。
かつて、金は国が保有する量に応じてその国の通貨の価値が決まった。
つまり、保有する金の価値以上の通貨は発行できない。
発行しても通貨の価値が下がるだけなので、あまり意味が無いことになる。
これを金兌換制度と言う。
現在は勿論金兌換制度など存在はしないが、金の不変性から資産として保持するのに適していることから金の価値は高いポジションで維持されているわけだ。
金の産出量に対しての市場取引が行われるようになると、金をベースにしたマネーゲームはさらに加速する。
所謂先物取引やオプション取引が可能になる。
だが、これは軍事力に勝る国が許さない。
金が無くても通貨の価値は下がらない。
何がなくても、奪える力さえあれば物の価値など意味が無いのだ。
かつて、すべての国は自国内で生産可能なものだけで国内の需要と供給のバランスをとっていた。
金の高騰が進むなら金兌換制度への回帰に近い経済感覚に世界が動いていると言うことになる。
つまり、世界標準通貨となるべき通貨が無いと考えられているのだ。
どこかの国が圧倒的な強さ、それは軍事力以外には最終的な選択としてありえないのだけれど、それを持ち合わせないと結局は世界の秩序が保たれないと言えるのだろう。
何もしないで総選挙という勘違い
ここで言う勘違いとは、高市のことでは無い。
何もしないで信を問う総選挙なんてほざくんじゃねぇという人たちのことだ。
高市はバラマキすることを決めたから物価高に対する財政出動を自身が進めたと言っているのであって、何もしていなかった訳では無い。
少なくとも彼女の正義というか、論理の中ではやることやった自分のことを評価してくれということだ。
それが悪手だと判断するなら、自民議席を増やすような投票をやめればいいだけだ。
ただ、だれがどんな政治をしても、小国である日本が世界的に急浮上することは絶望的にあり得ない。
マーケットの反応を重視し過ぎてもいけないし、無視してもいけない。
資産を現金から投資にシフトしなさいと言っていたのに、しなかった人が悪いのだというヤフコメを見た。
一理あるが、例えば10万の投資が15万の資産価値になったとして、それを現金化しないなら生活が豊かになることは無い。
投資と言うギャンブルで資産を増やしたとして、それを現金回収した時点で終わりなのだ。
今回の勝負の決着は早い。
結局誰が勝っても株価も円も大暴落する気がするのは間違いだろうか。
アベノミクス
アベノミクスは完全な失政であると個人的には考えている。
だが、もしもあのまま民主党政権が継続し、安倍内閣が政権を取らなかったならどうなっていたかはあまり語られない。
中央銀行に債券を買わせての財政出動で潤ったのは国民ではない。
語弊があるので正しく表現するなら、一般の国民が潤うことは無かったということだ。
富の90%以上が上位5%の富裕層に集中しているのだから、日本の総資産をマクロで見た時には潤ったと言えるだろうが、上位5%に入らない国民は潤うことなく、貧困の礎をより強固にしたと言える。
つまり、大昔から為政者とその近辺の人間のみがまともな扱いを受け、それ以外は搾取される側で終わるのは変わらない。
これは、社会が悪いのではない。
むしろ、人間だからこそ不満を持つが、その他多くの生物社会では何ら問題ないことなのだ。
生物には種保存本能がある。
全ての行動はこの本能に従い決定される。
人間の種保存本能は、地球上で最強の生物となった時点で封印されたと言っても過言ではない。
一度に出産する個体がきわめて少ない種は、生物的により強い外敵がいれば生き抜くための手段を講じるが、そうでないときは同種から搾取し生き延びんとする。
今、サナエノミクスなどと当人は何も言っていないのにそんな経済政策があるかのように言われたりする。
ある記事で会社が3割余計に儲かったからと言って従業員への報酬を3割増やすことはないと書いていた。
儲かった分のリターンを正しく受け取りたいなら、経営者になるか、株主になるしかない。
過去最高額のバラマキをして、政権が維持できるのなら、安いものだ。
儲かったからと言ってその分が国民に分配されることは絶対にあり得ない。
大相撲初場所の結果
朝乃山は勝ち越したが、二桁白星とはならなかった。
三役以上との取組では全く勝てない。
これが幕内のブランクなのだろう。
優勝は安青錦。
これで二場所連続の優勝となった。
来場所優勝争いとなれば、横綱になる。
石川県出身の大の里は優勝に絡むことがてきなかった。
年齢は若いのに何だか怪我に泣かされる力士となりそうである。
豊昇龍も優勝には絡めない。
このままだと、3横綱体制になりそうな今年の大相撲。
優勝力士が平幕から出ることは無くなるかも知れない。
憎らしいほど強い横綱は誕生するかが今年の注目点になる。
田畑比例出馬
誰かに因果を含まされたのか、家族に説得されたのかわからないが、小選挙区ではなく比例単独出馬の選択をした。
自民分裂選挙となり、小選挙区での議席を落とすようなことになれば、自民籍を失い本当にタダの人に成り果て、もう二度と自民党議員として地方、国政問わずに政治の世界には戻れない。
党からの支持に従った結果、しかも比例代表てあれば現職であったこともあり、落選しても自民党県連での仕事が与えられる可能性は高い。
だが、私も含め田畑裕明に2度と国会議員にはなって欲しくない人はいる。
となると、もはや何が何でも比例区に自民党と書かない人がどのくらいいるかだ。
自民党に投票しなかった理由が裏金議員を当選させたくないというのがハッキリして、結果を伴えば選挙の意味があるが、極端な話N党の立花が自民比例名簿のトップに名前が載っていたとしても国会議員になるのは確実だ。
こんなふうなら、小選挙区なんてやめて比例代表で党の得票数で議員数を分配してもいいと思ってしまう。
子ども子育て支援金の開始
子ども手当や出産費用の公的負担拡充のために、2026年4月からあらたな社会保険料の負担が始まる。
その名は子ども子育て支援金。
政府は未だに、月額僅かな手当で少子化対策が可能だと思っている。
いや、そんなわけはない。
何もしなければ、無能だと批難されることを避けるためだけに、少子化対策として制度を設けるだけなのだ。
お金をばら撒いて助かるのは、すでに子どもが多くいて生活が苦しい世帯だけで、多くの結婚出産適齢期が子どもを作ろうなどとは考えない。
自分たちが現在に至るまでにどのくらいの費用が必要だったかを知っているし、子どもをもうけても、自分たちがそうであるように老親となった自分たちの面倒を子どもが見ることはないと考えるからだ。
子どもを持つという精神的な充足はすでに上級国民の特権にさえなろうとしている。
もはや、何で自分を産んだんだと親を恨む若者たちさえそのうち増えるだろう。
日本は既に貧しい国に片足を突っ込んでいることを、高市首相も所信表明演説で言っているではないか。
かつての輝かしい日本を取り戻そうと。
錆び
ほとんどの釣りはベイトタックルだが、投げサビキだけはスピニングタックルを使っていた。
そのためのリール2台をメンテしようとしたところ、アブガルシアのエントリーモデルのラインローラーが回転していなかった。
元々はプラスチックのブッシュだが、ベアリングに交換していて、それが錆びついていた。
海水が入り込む場所だが、ベアリングがステンレス製なら大丈夫かと思っていたが、ケースはステンレスでなく、ボールのみがステンレス製だったようだ。
セラミックベアリングにすれば錆びは気にしなくて良くなるが、そこまでするのは何だか違う気がするので、ラインローラーとブッシュをパーツ注文することにする。
中華ベイトリールが1年で錆びついてしまったことがあるが、パーツを含めて中華製釣具を海で使用する場合は、すぐに錆びると考えたほうが良さそうだ。
日本製なら錆びないかと言うと、それも確信はない。
確か、NSKのキャストップというベアリングが防錆加工されているはずだが、サイズがリール用に使えるものが無かったか、価格が高くて導入しなかったはず。
海で使う釣り道具に錆びはつきもの。
リールだけではなく、再利用しようとするサビキ針など水洗いしてもスキンが巻かれていたりするので余計に錆びやすい。
消耗品と割り切れるものとそうでないもの。
錆びるものは錆びるし、錆びなくてもシオガミする場合もある。
プライマリバランス
よく聞く言葉だが、意味を理解していなかったので調べた。
きっかけは今年度のプライマリバランスが3兆6千万円の黒字予想から一転、8000万円の赤字に転じたとの新聞記事を読んだからだ。
まずプライマリバランスの意味だが、年度予算と税収の差額。
え、3兆以上も税収の方が多いのかと思ったのだが、これには国債の利払いは含まれていない。
では国債の利払い金はどのくらいなのか。
驚くべき金額なのだが、2026年度にはなんと31兆円にもなる。
3兆6000万など利払い分にもならない。
これが更に、高市トレードで5兆2000億の財政出動でPBの黒字を吹き飛ばして結局不足分は国債発行に頼るしかない。
恐ろしいのは金利上昇だ。
国債の利払い金がどんどん増えていく。
国債償還のために、新たな国債を発行する。
利子さえも財政を圧迫するので、更に国債を発行するしかない。
国債が売れなければ、引受先を中央銀行が100%になる日も遠くないかも知れない。
長期国債の金利が4%台になったが、これを買う国がいるのだろうか。
40年後の償還国債を買ったとして、このままなら日本が財政破綻して借金は返してもらえないかも知れないし、円安が進めば、円で償還されたとしても自国通貨換算では赤字になる。
国民の為の財政出動は何のことはない、政権維持の為の財政出動でしかない。
国民は死なない程度のセーフティネットに慣れないとダメなのだろうか。
javaのオブジェクト
代入演算子を使った場合、代入した先の変数に対する操作は気をつけないといけない。
オブジェクトクラスでクローンがラップされていれば、代入先の変数の値を変えても代入元の変数の値は変わらない。
代入演算子だけでなく、メソッドへの引数に使った場合でも同じだ。
今更ながら、stringは要注意。
代入演算子で変数aを別名の変数bにコピーしたものをリプレイスメソッドで文字列bを置換して、元の変数bに代入しなおしたらどうなるか。
時間がなかったので確認しなかったが、この時変数aはどうなるか。
ハマると嫌だったので、変数aをbにコピーするのはやめて、変数c=new string(b)としてから、c=c.replace()とした。
これなら確実に変数bにも変数aにも影響を与えない。
時々データを格納したリストをイテレータで要素を1つずつ取り出して加工する処理の中で、リストデータを永続的に保持して使用するのか、一時的に必要なだけで、加工しても問題ないのか意識しないといけないことがある。
そんな時はリストクラスの要素となるクラスが独自クラスならクローンするメソッドを実装する。
単純な代入演算子をクローン処理でラップしてしまうとそれはそれで面倒な事が起きる。
cのアドレス変数の概念が意識なしで実装されるのは便利な面もあるが、危険な面もある。
特に引数として使う場合は要注意。
javaなんて今更こんなことを言わなくてもと言う部分もあるが、おまじないのような使い方をすることが多いと思われるので、敢えて書いてみた。
dependency injection
もう20年近く前になるが、初めてjavaのシステム開発をした時に、javaに強いとされるソフトウェア会社が何となく言っていたseasarを使うと言う言葉でdiコンテナを使ったシステムにした。
通信で受け取る複数の要素からなるデータのひとつひとつに対して、データベースに格納する際の編集処理を異なるクラスに処理させ、それぞれのデータに対して使用するクラス名はデータベースに定義してやるという設計にした。
我ながら、java素人にしては斬新な設計思想でかつ、diの使い方に対しても最適な設計だったと、今になって思っている。
当時勘違いしていたのは、diconファイルに全てのクラスを定義するのに、新たなクラスを追加した場合にdiconからの初期化を毎回呼び出すので、アプリケーションの終了なしで処理のメンテナンスができると思っていた。
javaのvmはずっと起動しっぱなしで外部からのデータ受信イベントでスレット生成してその中でdiconの初期化をするので、diconファイルと追加変更したクラスを差し替えれば、変更後の動作になると思っていた。
当時はシングルトンを正しく理解していなかったので、生成済みのリソースがそのまま返されるとは思っていなかったわけだ。
今考えれば、毎回diconの初期化をしていたら、処理が遅すぎて使い物にならなかったはずなのに、外部データの処理が追いつかないことなど無かったのだから、そこまで考えが至らなかったのだ。
処理時間至上主義のシステムだったので、インメモリデータベースに受信データを格納して、データ処理を指示する情報はハードディスクのOracleに保持していた。
外部データのパターンはそれほど多くなかったので、oracleのキャッシュでほとんどSQLは返されていたのでほとんどディスクアクセスしない状態だった。
何だか設計に対して尖っていたころの話だ。