完全実力主義での採用は不可能なのか。
もしも、入社試験が大学受験のように一斉試験で行われて、そこで一定レベルの成績を収めないと面接に進めないように変化した場合、学歴フィルターを良しとしない学生は納得するのだろうか。
こう考えればどうだろう。
入社試験の学力選考は大学入学時の結果をもって行う。
問題となった出身大学でのフィルターはまさにそれだ。
今の実力ではなく、数年前の学力で選考をフィルターにかけている。
そうなると、大学受験で好成績を残すことが至上課題になってしまう。
本当にその方法で優秀な人材を選べるのか?
採用者は基本的には全数検査を通過した人材だが、それでも期待とはことなる結果しか出せない人材もいる。
となると、大量に人材を採用する企業であれば、使える人材の歩留りを上げたい。
出身大学のレベルで絞り込むと言うのは完璧では無いが、理にかなっている。
日本の大学は入るのは難しいが、卒業するのは簡単だと言われる。
もしも、入学時に求められる偏差値がそこそこでも、卒業時にはそれ以上に知識を身に付けなければ進級さえできないような学校があればどうだろうか。
その学校出身者は引く手あまた間違いない。
入社選考にしても、例えば学校のお勉強の成績と、全国一斉就職オンライン試験を組み合わせて一時選考とする。
オンライン試験ではどんな方法で回答を導き出しても問題無い。
企業にすれば、手段を問わずに回答にたどり着くことができる方が重要であるところもあれば、学校の成績を重視したいところもあるだろうから、利にかなっていると思う。
就職塾がそのうちできるかも知れない。
オリンピック外交ボイコット
米国が北京オリンピックへの選手は派遣するけれど、外交的な人員は派遣しない、いわゆる外交ボイコットを発表した。
同調する国を求めているが、日本はどうするのかまだ表明していない。
米中が敵対する図は何が原因なのだろう。
表向きの理由はどちらも同じようなことで、完全に中立の立場で見れば似たりよったりと言える。
どちらも人権問題を抱えているし、どちらも覇者になりたがっている。
スポーツ選手たちは政治の間で翻弄されているとの見方もある。
個々のスポーツの最強を決定する大会であれば、ワールドカップが該当するだろう。
それでも、オリンピックが愛されてやまないのは、世界規模の大運動会で、そのワクワクが楽しいからだ。
外交ボイコットで国を代表する誰かが来ないのは、地元の運動会を見学する者の感覚でいえば市議会議員が来賓として観戦しない程度のことなのだけれど、開催者にすれば重要なことなのだろう。
2021年11月の読書
11冊読みました。
今月の一冊はやはり、石田衣良の池袋ウエストゲートパークの第17弾、炎上フェニックス。
悩んだのが葉室麟の峠しぐれ。
他にも新川帆立の元彼の遺言状も面白かった。
Z世代
聞いたことはあるが、なんのことか知らない言葉は多くある。
その1つがZ世代。
1990年代の半ばから2000年代生まれのことを指す。
バブルがはじけて、空白の時代と言われる時に産まれて、お金をかけて育てられたが、贅沢をあまり知らず、お金への執着が低い世代なのかなと勝手に想像している。
親の世代が高度成長期に生活環境の激変したことを知り、バブルを知っているだけに、お金に対する執着が強い。
お金をたくさん得るためのもっとも簡単な手段が最終学歴を高めることであった時代のトラウマから子供に対して学歴を高めるための消費活動を最優先させた。
残念ながら、会社員の選択肢を選ぶ場合は今でも学歴による収入の違いは歴然とあり、教育費用単価は高止まりすることを知らない。
しかもこれから就業年数が増えていくとなると、義務教育を終えて働き出すのと、大学院まで出てから働き出すのでは、9年も就業年数が違う。
それなのに、大学院を終えて働いた方が生涯賃金総額が多く、年金額も多いとなれば、どちらを選ぶかは言うまでもないだろう。
そんな社会人になるまでの滑走路を親が準備しても、子供にすればその期間の人生の満足度は高いのだろうか。
親を見ても、子供の目に生活の豊かさを見ることができたのだろうか。
Z世代がその文字の形通り、ターニングポイントとなるのか。
秋篠宮バッシング
新聞の週刊誌の広告を見ると、秋篠宮バッシングがされている。
NYに行ってしまった小室夫妻へのバッシングは実感がないというか、盛り上がらないのだろう。
子供の教育方針に対するバッシング。
すなわち、皇族らしからぬ行動をとるのは秋篠宮家の教育方針に問題があったのではないかと誘導するような記事だ。
皇族への畏敬の念は若い世代になるほど薄れているかも知れない。
比較的高い年代は、皇族を敬う親世代の影響と、右翼の街宣車を多く見てきている影響で本心はわからないが、皇族を批判することは得なことではないことを刷り込まれている。
だからといって、子供たちに積極的に皇族を敬うようなところは見せていないだろう。
勘違いしないでほしいのは、皇族を敬う気持ちと愛国心は別のものだということだ。
ステレオタイプとしての国の象徴が皇族であるべきと考えるならば、皇族が国民としての権利だとか自由などと言うべきではない。
それがわからないような皇族の直系が将来の天皇になるとに疑問を持つ人は多いかもしれない。
宵越しの金は
相続税がまた見直される。
収入が増えずに、所得税が増えないのだが社会保障費用は人口が大幅に減少するようになるまで増え続ける。
もっとも、人口が大幅に減少するようになれば税収も減るので、財政が健全化するわけでもない。
所得税が取れないならば、消費税と相続税から取るしかない。
そのうちに相続税は総資産に対しての課税ではなく、資産種別に応じて相続税率が異なるようになるだろう。
現金資産、換金性の高い資産、換金性の低い資産の順に税率が変わる。
現金ならば税率は最低50%からで最高90%まで。
株式や貴金属の税率は30%から50%
不動産の税率は評価額単価に応じて、0%から90%
配偶者が一括相続すれば相続税はほとんど発生しない。
そうすれば、配偶者以外への相続で不動産以外の資産はほとんど残せない。
つまり、宵越しの金は持たないのと同じで、築いた資産はその世代限り。
タンス預金などの隠れ資産は一気に市場に流れ出す。
その代わり、日本の国債は高確率で不良債権化して、下手をすればデフォルトになるか。
オミクロン
コロナの変異株の名前だ。
水際対策が功を奏した記憶はない。
そもそも、最初の感染者が見つかった時点で濃厚接触者とされる同じ飛行機の搭乗者の隔離は事後に行われたのだから、目に見えない危機に対して人間のリスク管理は甘い。
冬季オリンピックの開催はどうなるのか。
フィギュアスケートのグランプリファイナルは中止が決定した。
開催国が中国と言うこともあり、もしかすると米国の参加意向に合わせて右に倣えとなるかも知れない。
中国はあくまでも開催すると表明することは予想される。
東京で開催できたオリンピックが北京で開催できないとなることは、アジアの覇者を自認する習近平国家主席には耐えられないことだろう。
自由な生活を謳歌できない期間が10年続けば、この時期に学生時代を過ごした世代には新たな価値観が生まれるかも知れない。
値下がりに喜ぶ日本人
物価が下がると、嬉しいのか?
それは間違いの一面が大きい。
物の値段が上がっても、それ以上に収入が増えれば全く問題はない。
では国内の通貨の量が10倍になったらどうなるだろう。
単純に考えれば、国内製品の物価も収入も10倍。
ただし、輸入品の価格は10倍どころか、もしかすると100倍位になるかも知れない。
結果的にスーパーに並ぶものが激減する。
フードロスなんてあり得ない。
中国製食品が国内製品よりも高い。
今はとりあえず値下がりが嬉しいというのは正直なところだ。
丸3年すごくない?
毎日1つ記事を書こうと思いたってから3年以上経過した。
毎日更新されるサイトがseoにも有効だとなっていたので始めたのだが、最初はmodxからWordPressのトップページに飛ばすだけで、正直芸のない連携。
記事の更新はメール投稿できるWordPressが簡単で放ったらかしで運用できる。
だけど、表示速度に難がある。
だったらWordPressの記事をModxのページに組み込んでしまおう。
スニペットで実装すれば、データが多重管理されることもないし、なにしろModxが数万ページあるサイトでも軽快に動作するとはいえ、ひとつの記事でひとつのページ対応となると管理画面のツリー表示がウザい。
そもそも、ブログ用のCMSではないのだから、ブログのデータ管理はブログに特化したCMSに任せるのが理にかなっている。
表示のアーカイブも自前で。
見た目だけはブログなみにできる。
とにかく、記事を書くのに専念してサイト管理はできるだけ簡単にした。
そんなこんなで投稿した記事は1000件を超えた。
これからも、毎日投稿。
CMSから静的サイトへと移行するのか
サイトトラブルから久々にCMS関連の検索をした。
グーグルのspeed testのスコアは、このサイトで確認すると、モバイルで94,パソコンで99となっている。
とにかく速く表示するのがサイトを離れる確率が低くなるのだから、最低でもスコアは90以上でないといけないというのが、運営思想。
WordPressのページだと、スコアはモバイルで81となるので、トップページとはできない。
サーバもweb serverも同じなので、CMSの差がこれだけあるということだ。
KUSANAGIというサーバーセッティングでWordPressを爆速にとか言うが、それなら同じ環境でModxはもっと速く動くでしょ。
CDNという技術もあるが、結局は静的なページを作って表示するのが、速度を高めるキモ。
それが最善手となると、結局ホームページを地道にHTMLで作成していくのとあまり変わらなくなってしまう。
プログラム作成でメモリの使用量を減らすために日付の年を西暦下二桁で管理したり、数値データでも桁が小さいものはサイズが小さい型で変数を定義したりと、今では考えられないようなことをやるのが当たり前だった時代を思い出す。
確かに静的HTMLは速くなる。
だが、サイトの構成を大きく変更しようとしたり、ページ数が多いサイトを運営しようとした時にその手法がベストなのかというと、疑問だ。
ユーザーインターフェースがCMS的な簡易なもので、公開する時に静的ページにするというような有料サービスが多く出てくるかもしれない。
データ量は概ね2倍になるので、サービス利用費用も2倍になるだろう。
そうなると、ローカル環境でCMS的な構築をして、静的ページを出力してサーバにアップロードするアプリも有効だ。
現在、日本でCMSサイトの80%がWordPressだそうだ。
どこでも簡単にサイト更新できて、表示速度をあまり気にしていない大多数のサイト運営者がCMSを捨てる日が来るとは今のところ想像できないが、かつての西暦下二桁のように、かつての常識が現在の非常識になる日もくるかもしれない。