雪が降った

コロナ対策で電車は停止している間、ドアを閉めないでほしいとアナウンスしている。
しかし、雪が積もり始めたら、乗客はドアを閉め始めた。
確かに、ドアを開け放していると寒い。
コロナ感染者が車内にいたとしても、その人が飛沫も飛ばさず、やたらとどこでも触れていくて、電車の乗客が目や鼻や口をこすらないですぐに消毒するならば、換気などしなくても良いかも知れない。
県内の新規感染者が毎日数百人とかにならないと、リスクよりも快適を選ぶことを責めることは難しい。

時短協力金

時短営業に協力した飲食店に一律で100万円の協力金を給付することが決まった。
期間は約1ヶ月。
これでも文句を言う店もあるだろうし、元々の利益よりも多い給付金に喜ぶお店もあるだろう。
結局、バラマキをするのだ。
もしもだ、ロックダウンすることになったら、一体いくらの給付をするのだろう?
野菜の生産農家など、休むこともなく、価格の下がった作物を出荷するしかないのに、コロナ補償は無い。
来年度もバラマキのために、大量に国債が発行されるだろう。
金が余ればインフレになり、物価は上がる。
しかし、世の中の金がダブついたところで会社員の収入が比例して増える訳ではない。
そして、国内金融を制御するだけの力がこの国には無いことも薄々わかりはじめている。
しかし、国債の引受先が日銀である限り世の中の物価は上がらないまま、バラマかれた分だけ経済が回るほうが良いのかもしれない。
国際金融が日本をデフォルトと認定したら、足りない食糧の分だけこの国がスリムにならざるを得ない。
絶対的な価値があるものだけが、認められる時代への先鞭となるのがコロナなのかも知れない。

雪ダルマ

北陸では、冬になると天気予報に雪ダルママークが並ぶ。
雪の結晶を模した記号もあるが、時候の話題では、週間天気予報に雪ダルマが並びだしたね、と言うことが多い。
いよいよ富山でも天気予報に雪ダルマが並び始めた。
今週は水曜日まで雪ダルマが並ぶ。
年内に雪が多く積もることはほとんど無いので、地面にはそれほど積もらないと思う。
元日に雪かきをしなければいけないようなことは、雪国と言えどそんなに滅多にあることではない。
去年は全くと言っていいほど、雪が降らなかった。
今年はどうなるのか、正直こればかりはなってみないとわからない。
雪が降ることで、雪解け水で川に水が供給されるのだと、小学生の頃に習った記憶がうっすらとある。
真偽は今となっては微妙だとしか言えない。
確かに積もった雪が少しずつとけて、川の流れの一部にはなるかもしれないが、川の水のほとんどは、地下水なのではないか。
だが、その地下水の元はといえば何年か前に降った雪解け水かも知れないし、それは自分にはわからない。
平野部での大雪にはならないことを祈る。

世界コロナ7000万人

1000万人の増加速度は1日速まった。
年内に8000万を超えるのはほぼ確実。
一方で海外ではワクチン接種が始まった。
日本では来年の春ころから始まるらしい。
これで、増加は抑えられるのか。
既に接種が開始されているイギリスでの動向が気になる。
新たな副作用も見つかってくるだろう。
効果がいつまで続くのかもわからない。
だが、一歩明るい方向に足を踏み出した。
オリンピックにあわせたカレンダーとなるのはこれで2年連続になる。
来年開催できなければ中止。
開催の可否はワクチンの効果次第。
規模を小さくしても開催したい思惑と、万が一のための医療体制をとるために、どれだけのリソースを確保しなければいけないのか。
海外チームにも医療スタッフは帯同するだろうが、設備に関してはホスト国が準備しなければいけない。
問題山積み。

脱家庭菜園

今、家庭菜園をしている場所は、自分の土地ではない。
妻の実家の空いている土地に、畝をたてて野菜を育て、果樹を育てている。
その土地はいずれは使えなくなる土地だ。
そうなると、めんどくさいと言いながらもやっている家庭菜園はできなくなる。
新たな趣味も模索しないといけないかな。

師走

先生が走るほどとか、坊さんが走るほどとか、そんな話ではない。
生まれて54回目の12月だ。
もちろん産まれてから数回の12月などは、何の感慨も、記憶も無い。
小学生くらいからは、クリスマスが楽しみだったりしたが、そんなに楽しい思い出があるわけでもない。
朝晩が随分と寒くなる頃としか思えないのが師走だ。
社会人になってからは、車を運転するので雪道は嫌だという記憶しかない。
それでも、1年を振り返るという意味では師走は大切な役目を果たすのかも知れない。
少し早いが、今年を振り返ると、報酬の面では良かったと思う。
仕事内容としては、インフラエンジニアとして少しは成長したかなと思える。
一方でソフトウェアエンジニアとしては、成長のない1年だったと言える。
プライベートでは、子供たちを社会人として送り出す最後のラストスパート。
来年の3月で下の子が大学を卒業する。
泣きたくなるような仕送り、学費負担が無くなるのだから、喜ぶべきだろう。
全くない老後のための貯金を今から始めるのだから、生活に余裕ができるわけでもない。
それこそ、5年後には野垂れ死にするのではないかとすでに不安でいっぱいだ。
まぁ、そうなったらそれが運命だと思うしかないし、誰かのせいでもないのだから、諦めるしか無いだろう。
これからの人生の目標としては、2030年まで生きること。
生きていれば、64歳。
身体もガタガタだろう。
何を楽しみに生きているのか想像もつかない。
10年先を見据えて生きていく。
それが過ぎれば、次は5年先を見据えて生きていく。
その先になると、1年先を見据えて生きていく。
そんなふうに積み重ねる人生なんだろうと想像している。

ゼロトラストという考え方

現在、ほとんどの企業がネットワークを介した外部からの悪意ある侵入、攻撃に対して、ファイアウォール、VPN、許可されたユーザ認証といった手段を講じている。
いずれも、入口から入ることに対してのチェックであり、一旦接続や侵入に成功さえすれば内部ではやりたいほうだいというケースが多い。
最近、ゼロトラストという言葉を聞く。
これは、全てのアクセスに対して信用しないという考え方に基づくものらしい。
つまり、ネットワークを介して別のネットワークやPC、サーバーに接続する場合、それは信頼できないアクセスとしてみなすので、都度安全な接続であることを証明しないといけないということらしい。
現実問題、結局はこの時点で認証が必要になり、パスワードや生体認証、2要素認証などの認証が行われるのだと思っている。
例えば、全ての外部サーバごとにパスワードを設定するとして、そのパスワードを管理する人がバラバラのパスワードにすることなどあり得ない。
定期的にパスワード変更が必要ならば尚更、パスワードは使い回しされるだろう。
ゼロトラストが現実的なアプローチに基づくようになれば、普及するとは思うが、まだまだ先の話だと思うのは自分だけだろうか。

冷え込んだ朝、冷え込んだ国

車のガラスが凍るような朝、救急車の出動が増える。
布団から出て、トイレに行ったら倒れるとかそんなことが多いのだろう。
自分の親も、妻の親も高齢者だ。
幸い、妻のところは妻の姉が同居。
自分は両親が健在なので、まだ安心できる。
だが、どちらかが亡くなったら痴呆も心配だし、寒い日も暑い日も心配だ。
両親とて、二人でいればまだ心強いだろうが独り身となるといろいろと不安なことも増えるだろう。
人生100年の時代と言うが、親世代でない我が身に照らせば良い人生を過ごせるのだろうか。
独居老人の孤独死が当たり前になってきて、見守りサービスが大人気になったとしても、死んだことがわかるのが早まるだけ。
人間、生まれてくる時も死ぬ時もひとりだというが、そんな風に割り切ることができるのか。
野垂れ死、昔ならば住む場所もなく転々とした者が道端に力尽きて死んでしまうことを言ったのだろう。
現代では孤独死。
しかし、この孤独死すらも、雨風に晒されずに死ねたことが救われるという時代がくるかも知れない。
老人になって、住む場所を無くしてまさに野垂れ死にする人が増えてしまう可能性も少なくない。
亡骸にカラスが群がり、あぁ死体でも在るのだろうと驚かなくなる。
もしくは、カラスを追い払い、何か金目のものは無いかと死体から身ぐるみはぐ人がいたり。
そんな世の中になるわけないなどと本当に思えるだろうか。
少なくとも1600年代の途中まで、日本でも人は人として扱われることなど無かった。
米国にしろ、奴隷がいてそれは人としては扱われなかった。
それほどまでに、日本という国は世界が羨む国でなくなってきている。
その話はまた別の機会に。

年始休暇

年始の休暇を1月11までにするように努力してほしいと、政府が言っていた気がする。
正直、そんな話はどこ吹く風といったかんじだ。
確かに、有給休暇の取得率が低いと言われる日本でまとめて5日間の有給休暇を消化させることは、意味がある。
テレワークしている人たちはまず休まないだろう。
テレワークでは仕事をしているかどうか、ハッキリわからない部分がある。
机なりテーブルに座ってパソコンを開いていたって、仕事量が出社していたときと同じほどできているのか?
ついつい、テレビをみたりネットサーフィンしたりしている人はいないのか?
そんなことを思うと日本人はすでに週休3日でもいいんじゃないかと思ってしまうのだ。
あ、でもそうなると私のような仕事は、契約金額が一気に下げられるか。
でも、そうなると本当に優秀な人を囲いたい企業からは提示条件が格段に良くなる可能性もあるな。
でも、週休3日になったらまずは正社員の給与が下がるだろう。
それで会社の売上は変わらないようなら、法人と言われる得体のしれないものだけが、利益率を高めることになる。

時短営業協力金

東京都では二時間の営業時間の短縮で1日あたり2万円で11日間の時短期間。
この時期の二時間の売上は5-6万円あるので2万円の協力金では到底話にならないと言う店が多い。
それならば、協力金は先着で1万店舗とかに絞ってしまえば良い。
マスコミの取り上げ方が、それじゃやっていけないという店のものばかり報道するのもバイアスのかかったものだろう。
この2万円の補助金は、経理的に言えば純利益に相当する。
粗利が3割だとすれば、6万の売上に相当する。
2時間の営業時間に20席の店が満席で各席3000円をはるかに上回る売上が望めるなら確かに2万では割に合わないかもしれない。
勝手に営業してください。
そんなお店でコロナに感染した場合、感染は未必の故意になるので、治療費は保険適用外で全額自己負担とかになれば人は誰もそのお店には行かなくなる。
累積債務が膨れ上がれば、この国の政治家はおためごかしの補助金などはやめてしまい、医療は金が無いと受けられないという例外を設ける可能性もある。
生活習慣病などを含め、自己努力で改善が期待できる病気や虫歯などは保険適用外にすることも将来的にないとは言えない。
そんな暗黒とも言える未来を思えば時短協力で純利2万円の補助金なんて、過保護すぎる政策だと思うのは自分だけだろうか。