去年初めて岩牡蠣を食べた。
今までも年に一度、牡蠣を食べに行っていた。
北陸だと能登の牡蠣が有名なので、冬に食べに行くことにしていた。
入善に海洋深層水を利用した牡蠣を食べさせる店があるのは知っていた。
たまたま春先に牡蠣まつりがあり、焼き牡蠣を食べに行った。
実に美味い。
翌年の夏に、牡蠣の星で岩牡蠣と真牡蠣を食べた。
夏には夏の牡蠣の旨味がある。
夏だから牡蠣が小ぶりというわけでもない。
この店の牡蠣は全て大ぶりで旨い。
海洋深層水の水槽でしばらくおいてから、提供するので、雑菌が極めて少なくなっていて生で食べても食中毒リスクが低い。
旨い、安全、お値段もソコソコ。
今年も食べに行くことに。
楽しみだ。
あてにならないもの
職務経歴書を提出することが多いが、技術進歩の早いこの仕事を30年以上やっていると、30年前の経歴になんの意味があるのだろうかと思う。
5年前に半年程度やったことも経歴としては役に立つかどうか怪しい。
いまだに、新しい言語を触ったり、新しい技術を使う必要がある。
今までの経験則があるから、ズブの素人よりは理解が早いとは自負しているが、それでもこの道5年とか言う人には当然敵わない。
経験則では埋められない経験値が違うのだから仕方が無い。
とある経験が10年以上という人がいる。
職歴は30年以上あるのでその内のいつ頃の10年の話かと言うことも重要だが、それでも流石に10年の実績は大きい。
その経験は私にとってはここ4年ほどのものだが、それなりに使えるようになってきた。
その経験があれば、この分野はある程度は知識があるだろうというものがある。
それがわからないとなると、10年の実績はそのまま鵜呑みにできなくなる。
それを昔買った本で勉強しますと言うのだが、それが学習方法として適切なのかどうか判断がつかない。
給料を貰って基礎知識をつけるわけだから、当然長くこのチームで仕事をしないといけないと思うが、この国はプロパーに甘い。
足りない技術は金を払って買えば良いなどと、スティーブジョブズ的な発想でいるのだろうか。
スティーブジョブズにはコア・コンピタンスがあって、不足している部分だけをうまく外部調達しているのであって、丸投げしている訳ではなかった。
そのあたりを勘違いしたビジネスモデルがまかり通っている気がする。
もっとも、優秀な人材が多い企業だらけになると、私などすぐにお払い箱になる。
そのことが実感できていたら、サラリーマンを辞めることは無かっただろうが。
リモート
リモート飲み会、リモートワークなどオンラインでの関わりが増えてきている。
ショービジネスでも、無観客ライブなどが行われている。
例えば、無観客ライブの視聴料金はどうなっているのか。
調べてみた。
サザンオールスターズで3600円。
一般チケットの場合は9000円ほどの平均価格だそうだ。
チケット自体は約4割の価格での提供になる。
会場ではグッズ販売などの売上もあるので、キャパの4倍ほどのチケットが売れれば、売上金ベースで同じくらいになるだろうか。
しかし、利益率で考えれば、オンラインの方が2倍以上になるのではないか。
つまりエンターテイメント業界では有料配信ライブの方がおいしいということになる。
地方でライブをやればそれなりに地方にもお金が落ちる。
オンラインになると、お金は配信会社に集中し、地方の興行を行う会社や、会場費、人件費などが落ちなくなる。
ライブを見るファンは会場入りして一体感を得たいかも知れないが、今後どうなることかわからない。
変化を求める理由
変化すべきかどうかの判断は難しい。
成功と言うほどでもないが、失敗して窮地にあるわけでないとき、変化すべきかどうか。
かなりの高確率で人は変化しない。
まず、変化を検討しなければ、変化はありえない。
殆どの場合、これに該当するだろう。
言い換えると、変化を検討する場合、人は変化したいと望んでいるのだ。
未知のリスクを回避するための方策をとる人はまず、いないだろう。
出生率が低下した今のままだと、国家が成長を止める。
これは必ず起きることだが、かと言ってたくさん子供を作ろうとする人は殆どいない。
今の食料自給率だと、外国から食糧が輸入されなくなったら日本人のほとんどが飢餓状態になる。
これも事実だが、ほとんどの人は自分で食料を確保しようなどとは思わない。
そんなスケールの大きな話をされてもなぁと思う人も多いので、もっと身近な話で。
今の仕事を続けるだけでは、会社で任せてもらえる仕事がなくなる。
これに関して言えば、自発的に努力している人も10%位はいるのではないだろうか。
やらなきゃなと思って何もしていない人が80%。
やる必要がないと思っている人が10%。
雇用側からすれば、辞めてほしくない人が10%、辞めると言ってもとめなくていい人が80%、辞めてくれないかなと思っている人が10%と言ったところか。
辞めて欲しい人をやめさせるのは、実は簡単だ。
世間の目を気にしないなら、解雇すればいいだけだ。
予告解雇の場合、1ヶ月分の給与を払えばいい。
その人が平均的な人の半分しか働いていないのなら、2ヶ月で元がとれる。
有給を全て消化されたところで、4ヶ月で元が取れる。
安いもんだ。
今ではすぐにパワハラになってしまうので、仕事をさせないとか、過酷な仕事をさせるとか、そんなことはできない。
しかし、労働組合がある企業なら簡単。
管理職にしてしまって会社側の人間にしてから、クビを斬ればいい。
そんなことはしないと思っているアナタ。がんばって。
ITが進んで要らなくなる仕事
保険の勧誘員。
経理事務。
運転手。
教師。
役所窓口。
税務署員。
議員。
官僚。
ゼロにはならないが、すごく少なくても良くなる仕事。
工場での製造員。
テレフォンオペレーター。
管理職。
最後の管理職はブラックジョークです。
管理職を経て経営陣になると考えれば、ある程度は人数が必要な職業と言えるでしょうか。
しかし、経営者までも要らないとなれば、管理職も要らなくなるな。
プログラマーも要らなくなる。
AIが自分自身をアップグレードするようになることもあり得る。
そんな世の中になると、一体何人くらいの人が失職するのだろう。
いきなり、皆が失職するようなIT化はありえないので、少しずつその職業の就労者が減る。
真っ先に減らす対象になるべきなのは、公務員と政治家。
なのだけれど、そうはいかないだろうな。
マッチポンプを繰り返すのは目に見えている。
意外にAI革命が起きる日は近いのかも知れない。
梅雨
今年は梅雨にたくさんの雨が降っている。
とは言っても週末には雨のあがるタイミングがあって、菜園の収穫には支障をきたすようなことはない。
平日は野菜への水やりに行けないので今年の梅雨の雨はありがたい。
雨だと釣りに行けない。
行けないことも無いが、雨の中での釣りはやりたくない。
海の魚は塩分濃度が下がることを嫌がるものもいる。
汽水域で釣れる魚であれば、雨で釣れにくくなることもないのだろうが、自分が濡れそぼって釣るのは楽しくない。
となると、雨の休日は家で時間を過ごすことになる。
週末には必ず図書館に行って、読み終わった本を返却して翌週に読む本を借りてくる。
晴耕雨読と言うが、そんな暮らしに慣れることはできるだろうか。
過去最高の感染者数
東京都で224人。
コロナ新規感染者の数だ。
都知事の会見では検査数、つまり母数が大きくなったため、感染者も増えるのは当然であり、緊急事態宣言発令はしないとのこと。
じゃあ、緊急事態宣言発令中の感染者数の収束はどうなのだ。
医療体制も逼迫し、検査数は十分な母数だったのか。
カイロ大学主席卒業されているのだから、統計で何かを示そうとするなら、正しい手法を用いなければいけない。
もちろん、ベストは全数検査だが、現実的ではない。
無作為抽出による、集合全体に対する検索結果でないのだから、感染者が多くいる地域での検査を行った結果では数字が悪くなるのは当然。
今のやり方で感染者の数をどうこう言ったって無意味、無駄。
やるべきは、正しい手法で感染者の増減を正確に把握することだ。
感染者の中で、無症状の人の割合がどの程度になるのか、それがわからないことには、発症者と濃厚接触者の検査結果による感染者の合計数だけで一喜一憂しても仕方ないと思うのだが。
なぜ、医療体制に余力がある時に感染者数予測の基礎となる検査を行わなかったのだろう。
例えば、休業依頼を受けた人達はPCR検査を条件に補償を行うとか、色々なやり方はあったはず。
何度も書いているが、休まなくて結構。
お客が行くかどうかはわかりません。
医療崩壊しないよう、コロナ患者の受入れも病院判断に任せます。
これが行政の最悪の対応シナリオだと思うのだが。
こうなると、感染者数は一定数に収まる。
ただし、それは実態にそぐわない数であり、明らかに感染している人も感染者としてカウントされない。
重症者が増えれば、社会の歯車が回らなくなる。
東京都から地方脱出する人がかつてないペースで増加。
感染者も日本中に散らばる。
感染者の受け入れは生産労働ではなく、社会的保護が必要な人ばかりになるから、地方の権限を高める道州制度実現の可能性も出てくる。
WITHコロナはこの国に明治維新以上の革命を呼ぶかも知れない。
都会からのUターンを望む地方都市が多いが、地方都市から吸い上げた人間を都会が吐き出した時に、受け入れるだけのキャパシティはあるのか?
首切り
景気が悪くなってきている。
まずは、非正規から仕事が無くなり、次に仕事のできない正社員。
その次に給与の高い管理職の順番だろうか。
管理職が先じゃないのかと思う方もいるだろうが、管理職には仕事のできない社員を辞めさせるという大事な仕事がある。
会社にしてみれば、一般社員を減らすのは企業イメージの観点からもかなり難易度の高いことだ。
管理職なんて、何とでも理由をつけて辞めさせられることができる。
困るのは、仕事のできない社員を辞めさせようとすると、仕事のできる社員に見限られてしまうことだ。
仕事ができる社員はどこに行っても受け入れられるので、よほどのことが無ければ今の会社に執着する必要がない。
皮肉なものだ。
残るのは、給与の高い管理職と使えない社員、それに極僅かの優秀な社員だ。
もはや、泥舟。
そう言えば、富士通が基本的に在宅ワークとする方向にかじをきつた。
在宅勤務手当として、月に5000円。
通勤手当は支払わず、オフィスを半分にする。
丸儲けだ。
医療体制
コロナへの感染者に対する医療体制にはまだ余力があるので、緊急事態宣言はしない。
正論だ。
病床数に余裕がある状況で、都民の経済活動を抑止するようなことは言いたくない。
感染者の増加を抑えることはききのわるいブレーキで走っている満員電車を止めるようなものだ。
いざ止まろうと思っても、惰性で電車はしばらくのあいだ走っていく。
ブレーキのききのわるい電車を早く止めるためには、満員電車に乗っている人に電車から降りてもらうしかない。
そうしないと、電車内の感染者は増え続けた挙げ句に、停車駅を超えて壁にぶつかってしまう。
電車内の感染者は治療されず、都民を守る壁である医療体制も崩壊してしまう。
満員電車をおりた都民は、そこから動かずにいてくださいと言われても、誰も水も食料も持っていないし、配給される目処もない。
仕方がないので、歩き続けて感染者を増やし続ける。
この物語の結末の1つとして考えられるのは、全員が感染して抗体ができ、ウイルス自体の驚異が無くなるということだ。
そこに辿り着くのが何人にひとりなのかは運次第といったところか。
電車を止めたところで、電車を使わずに歩き続ける人が増えることは確実で、感染者の出方は前回の時と同じにならないことも考えられる。
吉田拓郎の歌ではないが、古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう。
残酷な選択を迫るが、若い水夫がどうしたいのか、そのことが重要だと思うのだが。
東京都知事
小池さんが2期目となる都知事に選ばれた。
下馬評通りの結果だ。
政治家、特に首長に実務立案能力は必要ない。
必要なのはセンスと実行力だけと言っても過言ではないと思っている。
都民も小池さんの知事としての実績を買った。
それがこの結果だ。
だが、前回の選挙で掲げた小池さんの公約は実現されたのだろうか。
例えば多摩格差ゼロ。
誰が判断するのか。
前回の公約を誰も指摘しないのは何故か。
すべての候補者は公約を必ず達成すべき約束と捉えていないからだろうか。
そして万が一にも自分が当選した場合、公約を実現しなかった場合に責められることが無いようにとの考慮なのかも知れない。
結果、そんな考慮がちゃんちゃらおかしいと言える結果となった。
以前も書いたが、東京都の貯金は底をつきかけている。
この状況で休業要請を行うためには、都知事にとってインパクトが強く、キャッチーで、何を言いたいのかがほんの少しプライドの高めで声の大きな都民たちに物分りよく解ったふりをしないといけないと思わせる決め台詞が出てこないといけない。
次の東京某が出ないことを祈りたいが、とても良い言葉ができたら、その言葉を使うために何かしでかしそうな気がするのは、私だけだろうか。